「とうとう来ちゃったなぁ」 「それにしても・・・・・すごい人ですね・・・・」  来野と真琴は、とある人里離れた神社跡に来ていた。かなり高齢過疎化が進んだ村の、そこからさら に山奥に入った場所だが、一体何の間違いか人でごった返していた。その数、老若男女合わせ約100 名弱。様々な人種が、人口数百人に満たない村に集っていた。それこそ、年寄り連中は集団疎開と勘違 いして世界大戦の再来かと騒ぎ立てるほどに・・・・ 「今更ながら、ワンダー・オカルティックの影響力の凄さが分かりますね・・・・・」 「だな・・・・・これで、選ばれた若干名なんだから・・・・・・」  ワンダー・オカルティック  インターネット上で爆発的に広がった、オカルト専門のサイト。超自然現象、心霊現象、超能力、 魔道、宗教、宇宙生命体、etc、etc・・・・・・まさに不思議な超自然的現象のサイトだ。そしてこの サイトの最大の特徴は、紹介される記事の一つ一つに綿密な追跡調査が成されていることだ。さらに、 会員の質問等にも可能な限り答えてくれる。まさに、オカルトの総合デパートと言った感だ。  ネットサーフィンで偶然このサイトを知った来野は、真琴を襲ってきた謎の集団・・・・・・天使を 滅ぼすと言ってきたあの集団のことをそれとなく聞いてみた。だが、チャットや掲示板でのやり取りに は限界があり、オフ会を通じて主宰と懇意になれればと考えていたのだが・・・・・・ 「ちょっと見通しが甘かったな・・・・・・(汗」  まさかこんなに集まってくるとも思わず、来野は己の認識の甘さを改めて思い知った。こんなに人が 集まってきていては、懇意にしてもらうどころか、ゆっくり話も出来なさそうである。 「・・・・・と?」 「どうやら、来たようですね・・・・・」  不意に、その場のざわついた雰囲気がピタッと収まり、その場にいた人間の視線は神社の境内のほう へ注がれた。そこには3人の男が何時の間にか立っていたのであるが・・・・・・ 「怪しさ大爆発だな・・・・・・・」 「ですね・・・・」  来野の突っ込みに、真琴も即座に相槌を打った。一人はノーネクタイのスーツ姿にグラサンを掛け、 無造作に伸ばした髪を襟足で縛っただけの男。もう一人は中国の導師服に身を包み、京劇で使われるようなお面をかぶった男。 そして真ん中には、スーツも白なら、シルクハットも白。おまけに手袋や蝶ネクタイやステッキ、肩にかけられたマントまで白。 さらには、仮面舞踏会にでも行くのか、白いマスカレード着用の、全身白ずくめの男。 正直言って、あまりお近づきになりたくは無いタイプだ。 「皆さん待たせてすまなかった。今日は遥々このような山奥に足を運んでいただき、大変感謝をしている」  まんなかに立っている男が口を開いた。どうやら、この男が主宰のジョンブル=西のようだが。 「今回は初めてのオフ会と言うことで、少々趣向を凝らしてみた。知ってる者もいると思うが、 ここは最近死体が黄泉返ったと噂される、墓場の入り口付近の神社だ。我々のオフ会にはもってこいの場所だろう。 さらには、この村には様々な怪奇現象も報告されている・・・・・そこで、今回はこの場所に起こる怪奇現象と、 この地に伝わる伝説の調査を実施してみたいと思う」 「??」 「・・・・・・」  来野と真琴にしてみれば、正直そんなことはどうでもいい話だった。どうも、今回の遠出は収穫無しに終わりそうである。 来野が真琴のほうに視線を移すと、彼もまた無言で頷いてきた。 「帰ろうか、伊集院君」 「そうですね、前橋さん」  話の途中ではあるが、二人は回れ右をして帰ろうとした。と、 「さあ、これを受け取りたまえ!!」  左に控えていた導師服の男が、懐から取り出した紙を宙に放り投げた。その途端、周りにいた人間が急に動き出した。 まるで、数少ない草食動物に襲い掛かる、腹をすかせた肉食獣のごとく。 「!?」 「伊集院君!!」  人波に揉まれ、倒れそうになる真琴を抱き抱え、来野は体を捌きながら上手くその流れから逃れた。 「うむ、今回の我々の同行者が決まったようだ」 「?」 「へ!?」  その騒ぎが収まり、改めて周囲を見回した来野と真琴は、周りの視線が自分達ともう一人の男に注がれていることに気が ついた。 「その札を持った3人は、申し訳ないがしばらくここへ残ってもらう。他の者達は、各自調査を進めて再びここへ集うのだ」  気がつくと、来野と真琴は先ほど宙に放り投げられたと思しき札を握っていた。先ほどのドサクサに紛れ、二人の手に握られたらしい。 「さあ、不思議の扉をその手で開くのだ!!」  呆然としている二人を尻目に、その場にいた人間は一斉に麓の村の方へと駆け出していった。 残ったのは、札を手に呆気にとられている来野と真琴、それと同じく札を手にした男の3人だけだった。 「あー・・・大丈夫か?」 「え・・・ええ・・・・」  男の言葉に我に返り、来野はようやく状況を飲み込めた。恐らくこの札を手に取る事のできた者が、 主宰であるジョンブル=西と共に行動できる権利を有するのだろう。あの騒ぎのドサクサ紛れとは言え、 来野と真琴二人が札を取る事ができたとは、何かの策略かとさえ思えるが・・・・当初の目的からすれば、 これで主宰に近づけるので結果オーライというところか。 「・・・・・・・」  来野は改めて男のほうに顔を向けた。2メートル近い身長に、がっしりとした体格。何か武道か何かをしているのか、 恵まれた体格をしている。無造作に伸ばしたザンバラ髪に、着ている服は大きめのジャージと、格好はそれっぽいが、 どう考えてもインドア派とは思えない身体つきだ。 「うん?ワシ・・・いや、俺の顔に何か?」 「い、いえ!?」  じっと自分を見つめる来野に、男は怪訝そうな顔をした。というのも、来野はこの顔に何か覚えがあったからだ。 自分の知り合いとかいうレベルではなく、何かもっとスケールの大きい場所での・・・・ 「さて、皆さん集まっていただけましたね」  白マントの男を先頭に、ワンダーオカルティックの3人が来野達のもとに歩いてきた。 そして、各々マスクやグラサンやら仮面やらをとり素顔をさらした。 「まずは、自己紹介を・・・・私がワンダーオカルティック主宰、ジョンブル=西です。以後お見知りおきを」 「御佐諸鎬(みさもろしのぎ)だ。よろしく」 「お初にお目にかかる。黒田孔覇(くろだこうは)と申す」  先ほどの態度の大きい口ぶりは一体何なのかと思えるくらい、3人は丁寧に自己紹介をしてきた。 特に主宰のジョンブル=西。その顔に柔和な笑みを浮かべ、来野にそっと手を差し出してきた。 「は、はぁ・・・・」 差し出された手を握り、来野も笑みを・・・・多少引きつった笑みを浮かべた。 「さてと・・・・あまり時間も無いし、単刀直入に行きましょうか」 「ふむ・・・」 西の言葉を受け、孔覇は徐に懐から一枚の札を取り出した。それを額の前にかざして朗々と呪を紡ぐ事暫し。 そして、それにふっと息を吹きかけて空中に飛ばすと・・・・・ 「「「こ、これは!?」」」 来野と真琴、そしてもう一人の男の声が綺麗にハモル。それもそのはず、目の前に居たのは、 「こいつはあの時の鬼!?」  目の前に現れたのは、以前来野と真琴を襲ってきた鬼そのものだった。そして、隣に居る男も同様に驚いているところを見ると、 彼もまたこの鬼に襲われたらしい。 「申し訳ないですが、皆さんの実力を試させてもらいました。無論、安全は確保した上でね」 「・・・・・・」  こともなげに言ってのける西に、来野は鋭い視線を向けた。 「あまりいい趣味じゃないですね・・・・俺たちのことを試して、どうしようと?」  しかし、西はその視線をさらりと交わし、微笑みながら指をパチンと鳴らした。すると、目の前にいた鬼はたちまち掻き消え、 元の呪符に戻った。 「そのことについては謝ります。実は、私達の仲間を探してまして・・・・・」 「「「仲間!?」」」  唐突な告白に、三人はビシッと固まった。 「今見ていただいたように、この世のものとは思えない連中も、確かに存在するのです。そして、その中には 我々人間に牙を剥く奴らも居る。しかし、それに対抗できる力を持った人間は、数限られた存在なもので・・・・・」  それから西は、最近起こっている不思議な事件についての見解を説明し始めた。山奥で見つかった人の仕業とは思えない 惨殺死体。新興オカルト教団の勢力の拡大。闇に捕われていく年端の行かない子供達。etc etc 「と言うように、闇の者の侵攻は着実に我々の身近に迫っているのですよ。そして、我々としても、闇の勢力に対抗しなければいけない。 さもないと、人類に未来はない・・・・・」 「「「・・・・・」」」  唐突に言われても、俄かには信じられない話だった。西の話どれをとっても、ただの偶然と一笑に付することの出来る 根拠の薄い話だった。しかし、西の柔和な笑みの奥に光る瞳は、どのような言葉にも勝る雄弁な光をたたえていた。 「しかし、何故儂たちなんだ?悪魔祓い師や退魔師なんかは、以前から腐るほど居たはずだ。儂等はそんな特別な技能は持ってないぞ」  言葉を失ってしまった来野と真琴を差し置き、ジャージの男がズイッと前に進み出た。 「ふふっ、貴方がたは既に力をお持ちのはず。古流抜刀術の使い手に、類稀なるサイコキネシスの使い手。そして、角界の金剛力人。 第72代横綱、瀞錦勝雄さん?」 「「「!?」」」  3人に衝撃が走った。 「ふうっ、ばれておったか」  ジャージの男は観念したかのように肩をすくめると、ポケットから取り出した紙縒りを使い、己の髪を縛り纏め上げた。 そこには、テレビでもおなじみの顔・・・・角界の頂点を極めた男が立っていた。 「や、やっぱりこの人は・・・・」  来野やや興奮した面持ちで、瀞錦の姿を見つめた。道は違えど同じ武道を志すものとして、来野は破竹の快勝を続ける 瀞錦に尊敬の念をもっていた。その尊敬の対象が、今目の前に居る。西の胡散臭さを忘れ、来野が興奮するのも無理は無かった。 「そうか・・・どこかで見たことのある人だと思ったが・・・・・・」 「な、何か、すごいことになってきましたね」  真琴もまた、少し興奮した面持ちだ。 「さて、ここからが本題です」  西は3人にくるりと背を向けると、社のほうへつかつかと歩いていった。そして、境内に腰をかけると再び3人のほうに向き直る。 「強制はしません、ここから立ち去るならご自由に。無論、個人情報なども悪用するつもりはさらさら無いのでご安心を。命の危険も 否定できませんし、判断は皆さんにお任せします」 「「「・・・・・」」」  3人は一様に黙ってしまった。西の話を総合すると、要は悪魔退治のスカウトということだ。思わぬ方向に話が傾いていき、 来野と真琴はお互いの顔を見合わせた。と、 「っ!?」  不意に来野は、微量ではあるが、今まで感じたことのない気配を感じた。それはまるで、この世の物とは到底思えない、 有りとあらゆる悪意が集まったもの。様々な修羅場を潜り抜けてきた来野をして、その身体を硬直させるに十分な邪気だった。 「ま、前橋さん・・・・」  真琴もまた、その気配を察知したらしい。その手は無意識のうちに、来野のシャツの裾をつかんでいた。 「西さん、時間切れだ。来るぞ」 「やれやれ、もう少し持つと思っていたんだけどなぁ・・・・」 「どうやら、事は我々の思っているよりも進攻しているみたいです」 「何かは知らんが、キナ臭くなってきおった」  どうやら、他の面子にもそれは感じられているようだ。皆一様にして、邪気の発せられる森の奥に視線を向ける。 「スミマセン、どうやら有無を言わさず巻き込んでしまうことになってしまった」 「こ、この先にはいったい何が!?」  本当にすまなそうに声をかけてきた西に、来野は絞り出すような声で問い掛けた。 「ここは人と妖との境界線。私達は、最後の防衛線です」 「・・・・・・」  来野はそれを聞き、無言で模造刀を取り出した。自分はここで戦わなくてはならない。来野は、何故か直感的にそう思ったのだ。 ここで逃げては、大事な人を守れないと。 「来るぞっ!!」