「どう思う、これ・・・・」  ここは人通りの少ない路地にある、とあるカフェテリア。初夏の柔らかい午後の日差しが射す オープンテラスに、彼はいた。 きちんと折り目がついたスラックスに、ゆったりと着こなした薄紫色のシャツ、さらには、 磨き上げられた革靴まで履いている・・・・・まではいいのだが、テーブルに立てかけられた肩紐付き 青い筒?に、見迷うこと無い襟足でまとめられた長い黒髪・・・誰がどう見たって、前橋来野である。 普段の彼の格好はジーンズにトレーナーにスニーカーと、余りおしゃれに気を使っている感じでは ないのだが、この格好は一体?    答えは、来野の目の前にいた。彼の目の前には、白のワンピースに身を包み、つばの広い帽子をかぶった、 深窓のお嬢様ルックの少女が座っていた。帽子からこぼれた亜麻色の髪はわずかな風でもさらさらとなびき、 透き通るような白い肌は見ただけでもそのキメの細かさが感じられる。 「どうもこうも・・・・タイミング的には、あまりにもピッタリ過ぎますよね」  彼女は来野から渡された携帯電話の画面に視線を移した。それは一通のメールの画面なのだが、すでに何度も 内容は確認しているが、問題はこのメールが届いた時間である。 「どうも、来野さん」    少女は来野に携帯電話を返すと、目の前の紅茶のカップを口に運んだ。そして、少し冷めた紅茶を少し飲むと、 彼女は思い出したように帽子をとった。   「そう思うよなぁ、真琴も・・・・・」    ・・・・えーと、目の前の少女は、来野の恋人の伊集院真琴でした。しかし、この間は学生服に身を包んだ美少年 だったのに、今目の前にいるのはどこからどう見ても女の子(美少女)だ。 「こいつは、一気にキナ臭くなったよなぁ」  そう言って、来野は目の前に置かれた緑茶の湯飲みを口に運んだ。そして、少し冷めた緑茶を少し飲み、テーブルに 頬杖をついた。・・・って、カフェテリアに来て、なに日本茶飲んでんだ、この男は? 「ふぅ・・・・・」  真琴は小さく溜息をつくと、来野と同じように頬杖をついた。  あの奇妙な出来事の翌日、来野と真琴は久々のデートに来ていた。が、お互いの休みが重なる貴重な一日なのに、二人の話題は 一通のメールに集中していた。メールの相手は、ワンダーオカルティック。今まで来野と真琴が心待ちにしていた相手からだった のだが、問題なのはそのメールが送られてきた時間だ。 「しかし、あのあとすぐに送られてこられてもなぁ」  このメールが送られてきたのは、来野と真琴が鬼と死闘を演じてからものの数分も経っていなかったのだ。あんな非現実的な体験を してから、数分としないうちにオカルトサイトからのメール。もはや、偶然では説明できないタイミングだった。 「まいったね、こりゃ」  そもそも、何故この二人がここまでこのオカルトサイトのことを気に掛けているのか。それは、真琴の運命を左右する最後の手がかり だったから・・・・・真琴の命を狙った組織のことを、主宰のジョンブル=西に直接会って聞きたかったのだ。    今から数ヶ月前。まだ真冬の雪深い山奥で、来野と真琴は出会った。来野は山奥で今だ剣の修行に励む父親に会うために。真琴は美しい その山で自らの人生に終止符を打つために・・・・・稀にこの山には、人がいないと思って自殺者が登ってくることがあるため、来野は こういった手合いには慣れている。気絶していた真琴を抱え、来野は一路山奥の庵へと雪道を登っていた。  「あ、あなたは一体!?」 「・・・・・前橋来野」   気がついた真琴は、自分の命を救った来野に対し憎悪の目を向けた。だが、来野は意に介することなく、食事の用意をして風呂まで 仕立ててやった。初めは警戒していた真琴は、来野の誠実さと優しさに徐々に心を開いていったのだ。食事が終わる頃には、二人は雑談を するまで心を通わせていた。が、 「・・・・・来たか」  そして、真琴の命を狙う謎の組織もまた、何か運命に引き寄せられるように雪山に集まっていた。 「いいかい。もし俺が一時間経っても戻ってこなかったら、君一人でも逃げろ」     真琴を救出している最中、来野は殺気を孕んだ襲撃者の影を察知した。周囲は人里はなれた山奥で、ろくな装備も無い二人が追っ手から 逃げられる確立は非常に少なかった。  もともと雪山に慣れていた来野は襲撃を掛けてきた相手を撃退すべく、敢えて助けを呼ばず、雪山で迎撃する覚悟を決めた。徐々に心を 開き始めていた真琴の静止を振り切り、悲壮な覚悟を胸に来野は雪原へと飛び出した。 「フヒャハハハハハッ、死ね死ね死ねぇっ!!」  もはや狂気に取り付かれているとしか思えない襲撃者に相対し、来野は期せずして、まことが命を狙われる真相を知ることになる。 「天使の存在に近い、両性具有のものを殺すぅ!!」  真琴のトラウマの原因。真琴の身体は、一つの身体に二つの性が存在するアンドロギュヌスだったのだ。これまで誰にも知られたことの 無い秘密を暴露され、真琴の心の傷は極限まで抉られた。 「伊集院君!!」 「前橋さん!!」  結局、前橋の獅子奮迅の活躍と、真琴のトラウマから覚醒した超能力により、二人は何とか襲撃者の魔の手から逃れることが出来た。 そして、瀕死の重傷を受けた来野を介抱しながら、真琴は自分の全てを曝け出した。男として育ってきながら、ある日突然女の特徴が出て きた戸惑い。建前だけで接してくる者たちへの憎悪。次第に湧き上がってくる、自らの身体への嫌悪感。積もり積もった負の感情を、真琴は 来野へ思いっきりぶつけた。 『せっかく・・・・心を許せる人と出会えたのに・・・・・・』  全ての心の闇をぶつけ、真琴はあまりに残酷な己の運命を呪った。こんなことなら、いっそ来野に助けられなければと。あの襲撃で死ねば よかったと。一度通った心が再び絶たれる悲しみに、真琴はもう耐えられそうに無かった。 しかし、来野が出した結論は、 「だから?」  呆気にとられるくらい、来野の返事はシンプルだった。 「・・・・前橋さんは、何とも思わないんですか?」 「だって、男のキミも、女のキミも、どちらもキミだよ。だから、俺は君を特別扱いはしないさ」  さらりと言ってのける来野の言葉には、建前や方便のニュアンスは一切感じられなかった。気さくで優しくて、そして強い男、前橋来野。 内気で心の闇を抱え、そして二つの性を持つ少年、伊集院真琴。二人の運命の糸は、ここで交わった。 「考えてもしょうがないか・・・・・」  時は移り現在。さしたる妙案も出ず、来野は凝り固まった筋肉をほぐすようにうーんと伸びをした。 冷えた緑茶を流し込み、厚めに切られた羊羹を一口で・・・・・・ここは本当にカフェテリアか? 「真琴は・・・・・っと」  見ると、真琴のほうもチーズケーキと紅茶を完食していた。 「せっかくのデートなのに、考えてもしょうがないよな。行こうか?」 「はい!」  考えてもしょうがないことは考えない。どうせ行くしかないのなら、今は気持ちを切り替えて楽しもう。言葉にこそ出さないが、二人の 気持ちは以心伝心で伝わっていた。会計を済ませた来野は、真琴と一緒に繁華街へと消えていった。 「へー、彼女持ちでデートですか。いやいや、若いってのはいいですねぇ」  二人が消えたカフェテリアの片隅で、柔和な笑みを浮かべながらロイヤルミルクティーを嗜む男が一人。来野の身のこなしを目で追い ながら、男は満足そうに頷いた。 「ま、あれなら十分使えますね。それに、若さゆえに未知数の部分もまだまだ・・・・・・あ、ロイヤルミルクティー御代わりを」  本日五杯目の御代わりを頼みつつ、男は懐から携帯電話を取り出した。そして、ダイヤルして待つことしばし。 「あ、御佐諸君?西です・・・・・ええ、彼はOKです・・・・ええ、それがきょうではデート中で、彼女さんは結構可愛い人でしたよ ・・・・・・・ははっ、流石にそこまで無粋なことは・・・・・・・じゃあ、彼も合格と言うことで」  電話が終わって男は満足そうに笑みを浮かべた。 「さて、これから忙しくなりそうですね」