プロローグ                    招待状 拝啓、貴下の当サイトでの活躍、まずはお喜び申し上げる。 さて、以前からメールやチャットでなく、 じかにあって話をしたいという要望が多数あったが、今回、多数の会員の中から貴下及び数名の会員を ささやかな催しに招待しようと思う。 来るも来ぬも貴下の自由。目の前の扉を開ける気持ちが固まれば、 以下のアドレスにメールを送りたまえ。私も貴下と会えるのを楽しみにしている。敬具                    ワンダーオカルテック主催 ジョンブル・西 「来たか・・・・」  自宅アパートの郵便受けから招待状を抜き取った青年は、それを大事そうにポケットにしまうと、 足早に自室を出た。 襟足のところでまとめられた長い黒髪に、背中に抱えられた青い筒。そして、 歳の割に鋭い眼光をたたえた瞳に、秘めたる力を備えた身体の持ち主。  青年の名は、前橋来野と言う。  彼は、アパートのすぐそばに流れる川のほとりにある、小さな緑地公園へと足を運んだ。  今の時刻は、午後11時を少し過ぎたくらいである。もちろん、目的の場所はおろか、 あたりを見回しても人っ子一人居ない。が、彼にはこの時間にしかここに来れない理由があった。 「よし・・・・」  周囲に誰も居ないことを確認した彼は、肩に担いでいた青い筒を下ろすと、おもむろに中身を 取り出した。  それは、一振りの日本刀だった。  無論、本物ではない。刃引きをした、いわゆる模造刀である。 彼は、これで素振りをするのが日課である。が、昼日中にこんなものを振り回していたら、 たちまち警察のご厄介になるのがオチだ。 だから、こんな夜中に人っ子一人居ない公園に出かけるのである。 「ふぅ・・・・」 いつも通りの素振りと型の稽古を終えた彼は、額にうっすらと浮かんだ汗を拭い、上空高く輝く月を眺めた。  しかしこの男。素振りの上手さや、流れるような型の演舞を見る限り、よほど剣に精通している ようだ。彼が持つ、歳不相応の雰囲気も納得できる。  しかも、この男の体得している剣術は、どうやら抜刀術である。納刀された状態から剣を抜き、 相手を切り倒すと同時に納刀する。そんな最速を誇る剣術を、この男は見事に体得しているようだ。 しかも、剣を振るうその様を見ていると、近年の形骸化された剣術ではなく、より実戦に即した剣術 のようだ。 「・・・・月が綺麗だなぁ」  若者は、満月を見つめながらしみじみとつぶやいた。煌々と輝く満月を見つめるその横顔は、 先ほどの剣を振るっていた時とは打って変わった優しい表情だ。 「真琴・・・・」 ・・・・そりゃ優しい顔になるわな、満月に想いの恋人を重ねてりゃ。 「これから何があろうと、命をかけても俺は絶対に君を守る」  若者は月を見つめながら、堅い決意を口にした。    しかしながら、命をかけてまでも守るべき恋人とは、一体・・・・?  ACTT   「まさか、ガセネタつかまされたのか?」 来野は少しイライラしながら、大学のコンピューター室を後にした。 来野が招待状を受け取ってから、今日で五日が過ぎていた。あれからすぐに、指定されたアドレスに 返事を打ち、参加する旨を伝えたのだが、主催者からの返事は未だにきていなかった。 さらに、問い合わせをしようにも肝心のホームページまでが休止中というありさまだ。 「まいったね、こりゃ」  時刻を確認した来野は、溜息をついた。そろそろバイトの時間である。 「今日は真琴と会う約束だよな・・・・何て言おうか」  バイト先のコンビニでも、来野は例の招待状のことが頭から離れなかった。 バイトが終わった後で来野は、恋人と会うことになっていた。伊集院真琴。それが、来野の恋人の名前 である。実のところ、例の招待状は来野というよりも、その真琴のほうが気にしていたのだ。 「前橋さんどうしたんですか、ぼんやりとして?」 「!?」  淡々と仕事をこなしていた来野は、急に自分の名前を呼ばれてはっと我に返った。 慌てて目の前に視線を移すと、そこには学生服を着た少年が、優しい微笑みを浮かべながら立っていた。 まだ幼さを残す顔立ちに、さらさらの髪を束ねたポニーテール。学生服を着ていなければ、少女と間違えて しまうようなたたずまいである。 「い、伊集院君!?」  どうやら、彼が来野の想い人。伊集院真琴のようだ。時間を見ると、もうそろそろ上がりの時間である。 「ヤバっ、ボーっとしていた!!店長に怒られる」  来野が幾分慌てていると、コンビニの店長が二人に近づいてきた。 「すいません店長、一日中ボーっと・・・・」 来野がそう言って謝るより早く、真琴の姿を見つけた店長は彼に声をかけていた。 「おっ伊集院君、今日も時間どおりだね。前橋君、今日もお疲れ様。もう上がっていいよ」 「へっ!?」  思いがけない店長の言葉に、来野は思わず間の抜けた声をあげた。 「えっと・・・・」 「ん、どうしたの?」 「い、いや・・・・」 「今日もよく頑張ってくれたね、ありがとう」 「は、はぁ・・・・」  そう言い残して、店長は店の奥に消えていった。 「・・・・・・・俺、ちゃんと仕事してた?」 「はい」 恐る恐る質問してきた来野に、真琴はにっこりと微笑んで答えた。どうやら来野は、頭と身体が 別々の動きが出来るらしい。実際、引継ぎでレジを確認すると、金額は一円足りとも狂ってなかった。 「・・・・やれやれ」  バイトからの帰り道、来野と真琴は他愛も無い話をしながら来野のアパートへと向かっていた。 二人の表情を見ていると、お互いに親友以上の感情を抱いているようにも見受けられる。 どうやら、二人が恋人と言うのは間違いないだろう。 「・・・・・・」  来野のアパートまで、あと数百メートルというところで、唐突に来野は口をつぐんだ。 その身体に緊張が漲り、あたりを見回す瞳はそれまでの柔和なそれとは違い、鋭い眼光をたたえていた。 「前橋さん?」  来野の異変に、真琴も不安そうな表情を向ける。それに気がついた来野は、そっと真琴の手をとり、 まるでその身を呈してでも守るかのように自分の背後に立たせた。 「大丈夫、俺の後ろに隠れてて」 「・・・・はい」  その背中に安心したのか、真琴の表情はホッと安心したものになった。 来野もそれに笑みで答え、愛用の模造刀を取り出し、腰にねじ込んだ。  異変は唐突に起こった。既に臨戦態勢を取っている来野達の目の前でいきなり空間が歪み、 瞬きをする間にそいつは二人の目の前に現れた。 「!?」 「こいつは・・・・一体!?」  来野と真琴の顔が、目の前の人智を超えた異常な光景のせいで、恐怖に凍りついた。 空間が歪み一瞬で二人の目の前に現れたそいつは・・・・・ 「「お、鬼っ!?」」  二人の悲鳴にも似た声が夜の帳に響きわたった。身の丈は2メートル強。見るからに屈強な肉体。 その身から発せられる禍々しい殺気。そして何より、その額に生えた、人とは一線を隔す鬼の象徴。 天の向かって伸びる角。御伽噺の中でしか存在しないはずの異界の生き物が、今まさに二人の目の前に 立っていた。しかも・・・・ 「グルルルルゥッ!!」  当然と言うか、友好な関係は築けそうな雰囲気ではない。口元をいやらしく歪め、 鬼は二人にゆっくりと近づいてきた。 「フッ・・・・」  しかし、常識では考えられない出来事のさなか、来野は何故かその口元に薄く笑みを浮かべていた。 確かに恐怖心はある。だが、このような異常事態に対し、己の中に高揚する部分もまた、はっきりと 感じていた。 『何だろうな、この気持ちは・・・・』  己の心に沸々と湧く不思議な昂揚感に不敵な笑みを浮かべつつ、来野はすっと腰を落とし抜刀の構え に入ると、そのまま微動だにしなくなった。 「グゥオオオオオッ!!」  ぴくりとも動かない来野を見て、鬼はその丸太のように太い腕を高々と振り上げた。 そして、あと一歩で来野に接敵すると言う刹那、 「遅いっ!!」  今まで微動だにしなかった来野がいきなり動いた。地面を這うように鬼に近づいた来野は、 その脇をすり抜けつつ刀を抜いた。 ガスッ    骨を砕く鈍い音と共に、来野の刃は鬼の左膝を砕いていた。 片足を破壊されたことで、鬼はバランスを崩し地面に倒れこむ。   「終わりだ」  その隙を、来野は見逃さなかった。刀を逆手に持ち替え、鬼の頭部へ止めの一撃を加える。 「グギャアアアアッ!?」    後頭部への一撃を食らった鬼は、絶叫とともに完全に地面へと倒れこんだ。 それを見届けた来野は、血振りをして刀をさやに収める。 「しかし、こいつは一体?」  来野はあたりを見回した。周囲には人の気配が無く、次の襲撃の気配も無さそうだ。 「こんなことって・・・・・・」  御伽噺や童話の世界でしか存在しないはずの鬼が、正に目の前でその身体を横たわらせている。 しかも、それは間違うことなく自分達を狙ってきた・・・・・常識では考えられない存在が、 自分の命を狙ってきた。 『いや。俺じゃなく、伊集院君の命を・・・・』    途端、来野の身体を身震いが襲った。とある理由から、来野の恋人である伊集院真琴は何者かに命を 狙われていた。今回もまた、真琴の命を狙う者の襲撃だったのだろうか? ドガッ 「グギャアアアアッ!?」 「はっ!?」  何かがぶつかる音と何者かの絶叫で、来野は我に返った。そして、炸裂音からその距離を瞬時に判断 すると、一気に跳躍して抜刀した。 「食らえッ!!」 「ギャアアアッ!?」  いつの間に復活していたのか、来野の刀は、今まさに掴みかかろうとしていた鬼の首を捉えていた。 その渾身の一撃は、刃引きした刃にもかかわらず鬼の首を切り落としていた。 「来野さん、大丈夫ですか?」 「面目ない、伊集院君」  来野は苦笑しながら振り向いた。そこには、まるで見えない力場があるかのようにいくつもの小石が 浮遊していた。そして、その小石を中心にして、真琴が微笑みながら立っている。 「だいぶ、能力を使いこなせるようになったね」 「ええ・・・・僕も、守られるだけの存在じゃ嫌ですから」  真琴は少しはにかみながら精神集中を解いた。それと同時に、まるで糸が切れたかのように彼の周囲 に浮遊していた小石が地面に落ちた。 Psychokinesis  伊集院真琴は、サイコキネシスの使い手であった。それも、マッチ棒がピクピク動くようなチンケな 物ではなく、恐らくサイキッカー何十万人に一人の類稀なる才能の持ち主。が、それが故、真琴が命を 狙われる原因の一つになった。 「でも、助かったよ・・・・俺もまだまだだな」  自嘲気味に笑う来野を見つつ、真琴はふと鬼の方に目をやった。と、 「ま、前橋さん!?」  真琴の悲鳴にも似た声に、来野も慌てて鬼のほうに目をやった。 「「き、消えた!?」」    身の丈3メートルはあろう鬼が、目を離した一瞬の隙に掻き消えていた。 「い、一体どうなってるんだ!?」  もはや訳がわからなかった。やもすると、今襲われたことすら夢だったのかと思う。だが、来野の手には はっきりと剣撃の感触が残っているし、真琴は能力を開放した精神疲労が残っている。 「・・・・・」 「・・・・・帰ろうか」  微妙な沈黙が流れる中、来野は刀を筒に納めて真琴の手をとった。なにやら冷たい雰囲気の中で、 互いの手の温もりだけが、確かに感じられた。 「ふむ・・・・」  二人が見えなくなった路地裏に、一人の男がすっと現れた。まるで煙のようにあらわれたその男は、 懐から一枚の紙切れを取り出すと何やら呟いてその紙切れを放った。と、その紙切れが先ほど現れた 鬼そっくりに姿を変える。 「こんなのを目にして、冷静に退治しますか。しかも、もう一人は超能力の持ち主・・・・・・・ しかも、陰と陽両方の気脈を有する・・・・・これは楽しみですね」  男は鬼を元に紙切れに戻すと、それを回収して夜の闇に消えていった。