『くっ、動けぇ!!皆の笑顔を守るために鍛えたこの身体は見せかけかぁ!!??』 全てのモノを圧倒する禍々しき存在。自らの意思と反し、指先一つ動かせないほどの絶望の権化を目の前にし、 それでもカイは必死に戦っていた。 「シャザック。お前の意志は貫き通してやるよ。今度こそ終わりにしてやる!だから隊長……」 カイの脳裏に浮かぶは、新米だった自分を育ててくれたガッシュの姿。皆を守るための手段を厳しく叩き込んでくれたガッシュ。 共に酒を飲み、互いの理想について熱弁を振るいあったガッシュ。入信したてで右も左もわからぬとき、優しく教えを説いてくれた ガッシュ・・・・・そして、人々の盾となることを決意した日・・・・・カイの脳裏に、ガッシュとの思い出が次々にフラッシュバック してきた。 「今一度俺にみんなを守る力をお貸しください……」 そのとき、カイはふと、自分の方をポンと叩かれたような気がした。 『ジェスタは境界を定めたもう。其は絶対の境なり。我らは猛きジェスタの使徒。我らに阻めぬものは無し……お前は何の盾となる?』 それは、ガッシュと初めて出会ったとき、神官である彼から初めてかけてもらった言葉。 『俺は……俺はみんなの笑顔を守るための盾になりたいんです!』 その時カイは、ガッシュの目を見据えて、はっきりと答えた。自分が好きなこの町を、そしてそこに住まう全ての人々の笑顔を守る盾に ならんことを。 「・・・皆の笑顔を守る、盾に」 カイは強張る唇から、ようやくその一言を搾り出すようにつぶやいた。と、その時、右手に握られた『守護者の鋼刃』が一際強く 輝き始めた。 『そうだ。この言葉に対する答えがある限り、お前はまだ戦える』 「た、隊・・・長?」 カイの耳に、聞きなれたガッシュの声が聞こえた。まるで、ガッシュが隣にいるかのように。 『嘘偽り無きお前の信念は、私を越える人々の盾となろう。恐れずに行け、カイよ!!私は常にお前の心と共にある!!』 その言葉と共に、カイの身体を縛っていた絶望は嘘のように掻き消えた。 「ありがとうございます・・・・・隊長」 その瞬間、カイは全てを悟った。誰よりもこの町を愛し、鉄壁と謳われた男が、もうこの世にはいないことを。 しかし、不思議と哀しみは無かった。何故なら、彼は己の心と共にあるから。 「行きましょう、隊長。二人でこの町を・・・・・皆の笑顔を守りましょう!!」 カイは意を新たに『守護者の鋼刃』を握り締め、目の前の絶望へゆっくりと歩き出した。 「俺は、カイ・サイトニン。皆の笑顔を守る、猛きジェスタの戦士なり!!」 「こいつ・・・は・・・・・」 その姿を、イブンは酷く億劫に自分の脳へと伝達した。 度重なる鎬を極限にまで削る連戦の後、究極の攻撃を仕掛ける魔装鎧からの攻撃を凌ぎ、やっと助けたミリアの命。 イブンはすでに心身共にボロボロだった。物心ついたときから使い込まれ、もはや自分の第二の腕とも言うべきフェイントソードが、 今はただただ重たく感じられる。 「シャザック・・・・馬鹿野郎が・・・・」 目の前にいるのは、嘗ては国を愛し、其の身を平和のためにと捧げた男の成れの果て。彼は国を愁うあまり、強大な力を願った。 それが、自分の愛した国を滅ぼすとも知らずに。 『・・・力ではなく、笑顔で勝ち取る平和こそ、尊いものであると気付かぬか・・・仮面の道化』 急速に失われる意識の中で、イブンは好敵手に心の中で叫んだ・・・・・・ 『イブンよ。御主はその二本の剣で何を成す?』 深き森の奥で黙々と剣を振るうイブンに、師匠である彼の祖父が唐突に問い掛けた。 『御主は天賦の才がある。その才と我が流派があれば、世を平定するのも不可能ではなかろう』 師匠は答える間を与えずに言葉をつないだ。どうやら独り言らしいが、自分のことを天才とは・・・・・ イブンは剣を振るのを止め口を開いた。 『俺は天才じゃない。カイゼルの方がよっぽど・・・・』 『御主は教わったことを、完璧に己のものにするまで修練を積む。これがなかなか難しいものじゃて・・・・・・ それで、御主は何を成すんじゃ?』 ニコニコと微笑む師匠から目線を外し、イブンは手の内にある二本の剣を見つめた。 『俺は、この剣で・・・・・』 「・・・い・・・起き・・・・・ブン・・・・起きろ!!」 「グッ!?」 現実的に痛みを伴う衝撃を頭に受け、イブンは夢の中から意識を取り戻した。目を開けてみるとそこには・・・・・ 「このバカっ!何時まで寝てんのよっ!さっさと起きなさいっ!あんた……アタシを助けに来たんじゃないの? 何こんな所でびびって気絶してんのよっ!」 その双眸から涙を流し、自分の頭をポカポカと叩いているミリアの姿だった。 「痛いではないか・・・・・」 「……起きた?起きたら早いとこ、あいつを倒しちゃいなさいっ!カイ君はもう行っちゃったわよっ!」 「ミ……お嬢こそ、起きたなら早くここから逃げろ、この場は危険・・・」 そう言いつつ、イブンは首だけ起こして辺りを見回した。目の前には嘗ての好敵手の変わり果てた姿。 そして、その異形の怪物に向かいゆっくりと歩んでいく戦友のカイ。 「遅れをとるなっ!イブンサフっ、あんたは最強の剣士なんでしょうっ!」 泣き声でほとんど悲鳴のように叫ぶミリアは、強引にイブンの身体を立たせて押し出した。 「ああ、そうだな・・・」 立ち上がったイブンは、ふと、自分の頬から零れ落ちる水滴を掌で受け止めた。それは、ミリアが流した彼女の涙。 それが自分の流した血と混ざり合って、綺麗な紅を彩っていた。 「・・・・・フッ、最高の戦化粧になるか」 万感の思いでそれを頬に塗り、イブンは二本の剣を手に構えた。 「あたしは知ってる……あんたが最強だって。だから……あんなのに負けるな」 ミリアのつぶやきを背に受け、イブンもまた歩き始める。 「これは、わが爪にして、わが翼。時に高みへ至る羽ばたきを、時に雛を護るためにある・・・ イリスの三強が一人、二爪流幻梟剣のイブン。いざ、参る!!」 「何と・・・言うことじゃ・・・」 老齢の魔術師ユトル・バイカンは、生まれて初めて絶望を知った。 目の前にいる異形の悪魔は、自分とその仲間を散々翻弄しつづけた邪術師イザベラを一瞬にして塵と変え、 その場のマナを吸い尽くしている。もはや、今の彼に成す術は無かった。 身体に無数の鱗が浮かび上がり、両腕には鋭い鉤爪が。 背中にはこうもりを思わせる翼が6対12翼 肉体は巨大化し、 聖鎧に並ぶほどの巨大さとなる。 <壊焉>の妖将、ヴェール・ゼールが、今その真なる姿を表した今となっては。 「何が・・・・一体何が間違っておったのじゃ・・・・・」 イリスに移り住んでからすぐ、町の少年少女が誘拐される事件。あの時から運命の歯車は回っていたのか。それとも、 イザベラの父親を死なさなかったらこうは成らなかったのだろうか。いっそあの時、シャザックに止めを刺しておけばよかったのか。 ユトルの脳裏に、深い後悔と絶望の感情が渦巻いていく。 『さあ……この地に住まう全てのものを消し去ろう』 「!?」 肉体の変化を終わらせた悪魔は、その身を縛る最後の楔を取り除くため、ゆっくりと聖鎧に近づく。その時、ユトルの脳裏に弟子の シュナのことが思い浮かんだ。 『シュナを弟子にとったとき、あぁ儂も歳を取ったかなどと…呆けたことを感じたものじゃな、今思えば』 子供を育てるという、大変不慣れな作業にもかかわらず、シュナはまっすぐに育ってくれた。 『わーい、お爺ちゃんありがとう!』 『もう、お爺ちゃん!いい加減にしてっ!!』 『御免なさい、お爺ちゃん・・・・』 『楽しいねっ、お爺ちゃん!!』 子供を持つことができぬユトルにとって、シュナは自分の何にも変えがたい宝だ。そして、目の前にいる悪魔は、 シュナと共にすごした日々を、シュナと共に歩いたイリスの町並みを、このままでは滅ぼそうとしている。 『そうじゃった・・・・・儂はシュナと約束をしたのじゃった』 無茶なことをせず、必ず生きて帰ると……けれどこのままでは。全ては失われる。 『そう、儂は生きて帰るよシュナ。そして、もう一度この手にお前を抱こう』 マナの枯渇したこの場で、果たしてウィザードの自分ができることは無いかもしれない。だが、諦めては全てが無に帰してしまう。 ユトルは絶望を自ら断ち切り、悪魔目掛けて歩き出そうとした。すると、その魂に直接話し掛けてくる声が。 『そなたに大切なものがあるならば……我と共に戦い、勝利し、そして、約束の場所へと帰れ』 「!?」 初めて聞くはずの声。それなのに懐かしく親しみを感じる声。 『白き月の輪に終焉はない……その力に限りなど無い。我と同じ名を魂に刻むものよ、我に答えよ』 ふと足元を見ると、声はその場に転がっている紫宝玉から聞こえてきた。そして、それは今すさまじい魔力を放っている。 周囲のマナは失われているが、これさえあれば、あるいは・・・・・ 「闘える・・・か」 ユトルはそれを拾い上げると、深く頷きかっと隻眼を見開いた。 『汝は妖将を討つ業を背負うものなり……』 「よかろう・・・・其は万物全てが等しく持ち、唯一無二の存在なり!我が名はユーヴァリフ!! 妖将を討つ業を背負う運命を受け継ぎし者なり!!」